第一回 滋味溢れる里山の彩り



 


 
信州上田にある鹿教湯温泉は、開湯1,200年の歴史を持つ温泉街。鹿に姿を変えた文殊菩薩が、信仰心の厚い猟師に効能あらたかな温泉を教えたことが名前の由来とされている。温泉街ならではの風情が溢れる街並みは、湯治場として続いてきた懐かしい空気と時が止まったかのような静けさに包まれている。温泉まんじゅうの看板がかかる土産物屋や木造の蕎麦屋を横目に通りを歩くと、その空気に溶け込むような白茶色の宿が見えてくる。全15室の小型旅館「望山亭ことぶき」は、懐石料理が自慢の料理宿。宿所有の山で収穫する松茸に山菜、同じく畑で育てる季節の野菜、川からは自らの手で獲る川魚。地元の旬の食材を駆使しながら、独創的な料理の研究に余念のない作り手の名は「飯島祐三 いいじま ゆうぞう」。仕事中の凛とした立ち姿と対照的な飾らない口調と気さくな笑顔。昭和22年生まれの大ベテランである。
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レモンの皮に詰めた黒豆のワインゼリー寄せ、採れたて菜の花の黄身辛子添え、出汁と合わせた卵とカニ身の袱紗寄せ、スモークサーモンと錦糸卵の甘酢漬け大根巻き、鶏挽肉にケシの身を振った松風焼き、手の込んだ料理が色鮮やかに並べられた前菜は、献立前半のハイライト。

 

ゆうに1kgを超える体重で肉厚でキメが細かい肉質。ニジマスとブラウントラウトを掛け合わせた長野のブランドマス「信州サーモン」で「もち米」を巻いた春の焼物。ほうれん草のソースに菖蒲の花を形どった「ウド」と「百合根」をあしらって、新しい季節の訪れを告げている。

 

キクラゲ、人参、卵黄を入れた練り味噌を鯛の身で挟んだ杉板焼。薄く削いだ杉で上下を挟んで焼くことで、木の香りが移り風味が増す。付け合わせは、レモンや砂糖で味をつけた大根おろし寄せ。伝統的な料理だからこそ、塩加減や焼き加減において料理人の経験がものを言う。

 

9〜10月長野県御代田町産の貴重な薬用人参を使ったスープ。最高級とされる5〜6年ものを刻み、玉ねぎと一緒に無塩バターで炒めてベースを作る。牛乳、塩、胡椒で味付けした和風ポタージュは、滋養強壮という意味でも、療養地「鹿教湯温泉」のイメージと合っている。

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キリッと結んだ口元に、正確無比な包丁の動き、まな板の前に立つ姿は寡黙な職人そのもの。しかし、いったん包丁を置けば破顔一笑、「この食材はね、その味付けはね」といかにも楽しそうに料理について語り始める。他の料理人とも親しげに接し、様々な場所に出かけては新しい情報を取り入れる。そして休日でさえ厨房に訪れ、新しい味を生み出すために嬉々として試作に励む。ベテランであること以上に一人の料理人として、一皿に創作意欲を傾け続ける情熱の人なのである。
 
 


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東京の浅草、上田の旅館や割烹屋で修行後、50代で「鹿教湯温泉 望山亭ことぶき」に入り料理長に就任yaeno-7_s1
長野県  鹿教湯温泉 望山亭ことぶき

http://b-kotobuki.com

〒386-0323 長野県上田市鹿教湯温泉